地球守


あらゆる生命は孔から生まれる

古民家裏の谷筋と際に点孔を掘り
隣の竹林の枯れ材を野焼きで多孔質な竹炭にして山に返し
地形を読みながらミクロからマクロまで
一つとして同じ形状のない無限の孔をつくることによって
菌糸と根っこのネットワークが生まれ
大地の水と空気の呼吸を促進する

日本の国土の22%にもなる豊かな黒土は
長い縄文時代の野焼きによって生まれたもの
宇宙から眺めると
あたかも腸内フローラに棲む微生物のように
昔の人々は地形の際に住み自然の一部として活動していた

便利はある視点では豊かではあるけど
呼吸が出来なくなってきた自然では
人間の叡智を次世代に継承していくことは難しい
何故なら人間も水と空気で呼吸しているから

登ったら降りる


なにごとも登ったら降りる

ある人は登ったつもりでいても
それと同等に反比例したものが
他のだれかに降り注がれている

そう、世の中の活動すべては波動に過ぎない

先進国が多くの富を手に入れたら
後進国には環境・食料問題、戦争が巻き起こる
それが陰と陽の因果関係であることは明白なのに
資本主義は見て観ぬふりをする

成長、進化って何なんだろうね

しわ寄せを大きくして
生まれた陽だけにフォーカスして喜んでいる
同じく生まれている陰を無視してしまう
都合のいい動物、それが人間

でも、残念ながら人間のセンサーは退化せず
それを「息苦しさ」として知覚しているようだ
でもね、その「息苦しさ」の根源が
成長、進化しようとしている自分自身なんだよね

だから、登ったら降りる

空と無―余白


新しいものを手に入れるためには
その余白がないと受け取ることができない

森の環境改善、自然栽培でも
停滞した水や雨で新たにやってくる水を
畑に点孔でいくつかの高低差をつくり
重力によって動かすことで、土を乾かす

柔術などの身体のスペシャリストも共通して
身体の余白と重力をうまくつかうことで
相手をいとも簡単に倒してしまう

マラソンで老廃物を汗で流すことも
ヨガ、座禅によって呼吸を整えることも
体内の循環を改善して、余白を生み
その余白に、新たなエネルギーが宿る

般若心経に「空」と「無」が
多数出てくることもこのことを意味している
のだと想う

料理とこころ


同じ食材でも料理人によって
その味わいは大きく違う。
それはワイングラスでも同じこと。

食材のエネルギー同様
人のエネルギーである心がどれだけ
その料理に込められているか。

そのエネルギーは
六根(眼、耳、鼻、舌、身、意)を
研ぎ澄まさないとわからない。

対話と気


対話が大事だとよく耳にするが
対話によって人と人同志の気が通ること
こそ真意な気がする。

心が入っていれば
言葉を発せなくても気が通じる。
阿吽の呼吸とはそういうことなのかも知れない。

食と宇宙エネルギー


食は宇宙エネルギーを
摂取する方法だと置き換えてみると
栄養価とかさほど気にならない

もちろん間違っていないのだろうけど
宇宙エネルギー軸で食べものを観察すると
果物に注力してしまう

果物には発酵させると爆発するほどの
エネルギーが充填されている。
果物を食すことで
病を克服する人が多いことも頷ける

陰と陽


ヒトには誰にでも陰と陽があること
この2つは切り離せない因果関係。

最近、世の中、ヒトの陰だけをみて
叩くことが多いのだけれど
その陰によって生まれた陽があることに気づいていない

逆に陽の振り幅が大きいヒトは、
それだけの陰があることにも気をつけて

ヒトは視界が狭いから、
陰だけだったり、陽だけだったり、片方のみを見がち

両方に気づくと、いままで見ていた陰だったり、
陽だったりの自分の受け止め方が変わってくる

結局のところ、問題は自分の見方次第。

徒然なるままに


私が日々感じたことを
雑文集として
ここに公にすることにした。
誰のためでもなく、
私のための記録である。

身体も頭もテクノロジーも
何を(INPUT)して、
何を(OUTPUT)するか
でしかない。

多孔質な気づき(INPUT)を
文字にする(OUTPUT)ことで
さらなる気づき(INPUT)を
獲得するための試みである。